みずほ銀行に半沢は出現するか?「旧興銀」「富士出身者」それとも「一勧」からか?

重ねて、重ねて、はげ頭を下げなくてはならない。

重ねて、重ねて、はげ頭を下げなくてはならない。

最近は東電に始まってJR北海道など、普段はお高く留まっている成功組エリートたちが、本心は下げたくもないハゲ頭のてっぺんまでこちらに見せながら、深々と一礼する姿をTVニュースでたびたび目にする。

JR北海道など、謝罪する暇もないほど次から次へと不祥事が出てくるので「いったい次はどのような誤り方をするのか?ひょっとして土下座もありか?」などといじわるな興味で謝罪会見を見てしまう。

謝罪の仕方ひとつで、どんなひどい事でもつい相手が許してしまうような高等戦術の粋をつくして、本気を出して方法論を磨いてくるかもしれない、などとつい期待してしまう自分がいる。

昨日JR北海道の会見の締めの言葉は「重ねて、重ねてお詫び申し上げます」というものだった。 次は、「重ねて、重ねて、重ねて…」とか、「心から、心から、心から…」(この手は民主党大会で野田が使っていた)などと三乗戦術で来るのかも?

方法論の妙として、少し継続的に興味が持てる。

さてみずほ銀行の暴力団融資事件。

「関係会社に任せていたから頭取は知らないはず」などと言い逃れ、みずほは当初適当なレベルの人間に責任取らせて逃げ切ろうとしていたようだ。
いわゆる古典的な「トカゲの尻尾切り」戦術。

しかし、世間もマスコミも馬鹿ではないので、「暴力団への融資」などという重要な事案を頭取が知らないはずはない。 おそらく今のように表ざたになる前も、行内では「公然の事実(みなそう思っているが決して大きな声で話してはいけない事柄)」として扱われていたことなのだろう。

もしかしたら合併前の一枚岩体制のそれぞれの銀行であれば、そんなタブーが外に漏れることは決してなかったのかもしれない。 しかし、そんな金太郎飴銀行のほうがある意味恐ろしいものがある。
行員が皆、心の中に同じ「秘密の疎開資料」を抱え、ひたすら自己保身を考えている組織。

合併行が行内融和などというスローガンで目指しているのは、そんな内向き自己保身、都合の悪いことには徹底して蓋をして、銀行思いの「貝」になれる人の組織ということなのかもしれない。

「やっぱ、銀行などに入らなくてよかった!」、つくづくそう思う(お前なんか銀行が採らないよ!というのもまた反面の事実)。

さて、われら庶民は、「旧興銀」とか「旧富士」とか「旧一勧」などのエリート同士の派閥争いに、ゴシップ以上の関心はない。適当にやって、なるようになって、いつの間にか落ち着くのだろう。

しかし、おそらくその過程でいくつかまた「心の疎開資料」が暴かれていくのだろう。

小生の関心としては、巨大な現金を吸い上げ、数多くの天下り団体をかかえ、総務省官僚が徹底して甘い汁を吸う「宝くじマネー」の闇にある。

ドラマ半沢直樹の場合は、旧産業中央銀行出身の半沢が同じ銀行出の大和田常務に積年の恨みをはらし(つまり内々ゲバ)、その内々ゲバを利用して、旧東京中央銀行出身の中野渡頭取が人事というソフトな内ゲバ戦術で争いを収めた、という構図になっている。

みずほの中で、おそらく「旧一勧グループ」が押さえている宝くじマネーに、いったい誰が手を突っ込み、深く大きい闇を白日の下に暴いてくれるのかが本当の関心事だ。

「旧一勧」内の内々ゲバからでもいい、あるいは「興銀」「富士」グループとの内ゲバの中からでもいい、半沢のような人間が出てくることを期待している。

もちろんドラマとは違うので、金融庁が暴いてくれてもいい!

巨大な宝くじマネーの闇は!

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